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ハガクレ★カフェ ミーハー歴史用語辞典

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御三家  五大老   古事記   小 姓   虎 徹   好色一代男    五奉行   御恩と奉公   コレラ   御陣女郎   墾田永年私財法   甲州法度   弘安の役   御成敗式目   腰越状  


御三家
幕府が作った親藩の最高位の家

尾張家・・・家康9男 義直(よしなお)

紀伊家・・・家康10男 頼宣(よりのぶ)

水戸家・・・家康11男 頼房(よりふさ)

御三家と呼ばれ、将軍家につぐ地位。

親藩の中でも別格とされ、将軍に後継ぎがいない時には御三家から後継ぎを出すことに。

が、のちに尾張藩は「将軍家を狙う家」として邪険にされる


 五大老 
豊臣秀吉が死ぬ前に「ワシの可愛い秀頼ちゃんを守ってくれ」という ことで、守り役として5人の実力者を選んだというもの

選ばれたのは  徳川家康・前田利家・宇喜田秀家・上杉景勝・毛利輝元

実力者順としては家康が一番・二番に前田利家だった

が、秀吉が死んで利家も死ぬと「ラッキー♪うるさいのがいなくなったぜ やっと俺様の出番!」と立ち上がった家康

おかげで関ヶ原の戦いが勃発するのでした


 古事記 
奈良時代、天武天皇が物覚えのいい稗田阿礼(ひえだのあれい)という男に作らせた全三巻の本

国生みの話しや、スサノオのお話、初代神武天皇や仁徳天皇・推古天皇のことなど。

皇太子&皇女の近親相姦のネタもある。

日本の神話ネタも多い


 小 姓 
戦国大名の身の回りのお世話をする14歳から18歳くらいまでの美少年軍団

戦国時代、女性は「不浄」だったので、小姓が24時間フル働き

セックスのお相手から何からすべてこなした

グッドルッキンで頭のいい小姓をつけることが戦国大名のスティタス

小姓も24時間ご主人様の側にいて、戦略などのノウハウを学び、忠誠心もでてくるので、大きくなったら有力な武将に育っていった

有名な小姓は織田信長の森蘭丸 

武田信玄の高坂弾正

豊臣秀吉の石田三成

 虎 徹 
新撰組・近藤勇の愛刀

池田屋襲撃の時、「今宵の虎徹はよく斬れる」と言ったらしい

たくさん人を斬った殺人刀

 好色一代男 
江戸時代に作られたやりたい放題のプレイボーイ男の物語

作者は井原西鶴

内容は・・・

主人公 世之助(よのすけ)は7歳の時に初恋♪8歳の時にラブレターを代筆してもらうほどのマセガキ

19歳の頃にはプレイボーイとして有名人 が、あまりにも遊びまくってたため親から勘当された

困った世之助はお寺に住むことになったが、ここで男色の味を覚える

それからは何かがふっきれたのかやりたい放題

そして34歳の時にお父さんが死んで莫大な遺産をゲット

さっそく吉原に行き、お気に入りのお姉ちゃんを見受け

とにかくやりたい放題のパラダイス人生

作者の井原西鶴はこの「好色一代男」で大ブレイク その後も「好色シリーズ」を発売しまくった


 五奉行 
五大老と同じく、豊臣秀吉が作った役職

五大老は大名だけど、五奉行は秀吉のお気に入りのインテリ家臣

石田光成、浅野長政、増田長盛、前田玄以、長束正家の五人

ホントは浅野長政が一番エラいんだけど、石田三成がほぼ実権を握る感じだったので、秀吉が死んだ後五奉行の気持ちはバラバラになっちゃった


 御恩と奉公 
鎌倉幕府の武士システム

将軍が御恩(つまり土地のことね)を守ってあげるから、奉公として 将軍が何か言ったら、手助けしなさいよってこと

このシステムにより鎌倉幕府の武士システムはスタートした

が、後に元寇というのがあって、鎌倉幕府の基盤がぐらつきはじめる


 コレラ 
コロリと死ぬ病気として、めちゃくちゃ恐れられた

流行するといっきに人が死に、1858年のコレラ流行の時は20万人以上が死んだといわれている

山東京伝や歌川広重もこのとき死んだ


 御陣女郎 
ごじんじょろうと読む

戦の時にやってくる売春婦のこと

だいたい下級・中級武士クラスを相手にしてた

ちなみに、戦する時は女人禁制

って事で、陣中には入らずに、近場に小屋を建てて商売してた

御陣女郎の中には、紛れて九ノ一(女忍者)もいたりした


 墾田永年私財法 
743年にできたお偉いさんたちの苦肉の策

農民達が土地を耕して米を作ってくんないコトには、 お偉いさんたちは楽チン生活ができなかった

で、ちょっと前に「三世一身の法」という、土地を開墾したら 親子三代までならソノ土地をあげるからね♪というものを作ったんだけど「一生懸命耕しても、オレッチの孫の時代で終わりならやる気でねーぜ」ということで、農民は頑張らなかった。

困ったお偉いさんたちは「わかった!じゃあ、土地を耕したら 耕した土地は全部あげるから、オレラのために働いて!」 ということになったのが墾田永年私財法


 甲州法度 
1547年に武田信玄が定めた自分の国の法律

内容はケンカ両成敗とか、他の国の人と結婚しちゃダメとか

今川家の家法を参考にしてつくった

 弘安の役 
1281年 チンギスハンの孫・フビライハン率いるモンゴル軍が日本にやってきたバトル第二弾!

前回の文永の役のときは、ラッキーなことに神風が吹いてくれたのでセーフだった

モンゴル軍はまたも日本にやってきたが、なんと今度もまた神風が吹いてくれた

さすが神の国ニッポン!と喜んだのもつかの間、鎌倉幕府はご褒美をあげる恩賞もない。

なんせ敵がモンゴルなので、奪った土地とかがない

御家人達はこのバトルでお金を使いまくり超不況。

幕府の不満がたまりまくることに・・・


 御成敗式目 
1232年 鎌倉幕府三代執権・北条泰時が作った武士のための法律

御家人の権利とかを守ってやるから、かわりにきちんと働きなさいよという内容

この三代執権・泰時はケッコーイイヒトだったらしく、人気があった


 腰越状 
1185年 義経が頼朝にゴメンナサイと謝った手紙

調子にノリまくった義経に怒った頼朝は、ブースカ文句を言った

「こりゃやべ。兄ちゃん怒ってる」と、義経は慌てて鎌倉に謝りに行ったけど、腰越ってとこでストップかけられて鎌倉に入れてもらえなかった

仕方なく義経は腰越で頼朝に謝りのお手紙を書いた

が、その手紙も謝ってるワリには、オマエほんとわかってねーな?という箇所がたくさん

義経の政治オンチさをさらけ出す手紙となった



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