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 風林火山   藤原氏   風 魔   藤原京   踏み絵   仏 教   フェートン号事件   武家諸法度   文永の役   富士川の戦い  


 風林火山 
武田信玄の軍旗に書かれていた文字

非常にシビれる

孫子の言葉で 「疾きこと風の如く、徐かなること林の如し。 侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。」

これを略したのが「風林火山」 意味は

何事においてもチャンスを逃さず積極的に動け (疾きこと風の如く) 常に機敏に行動できるよう備えとけ (徐かなること林の如し) いざ行動するようになったら全力で最後まで飛ばせ! (侵掠すること火の如く) 堂々と自信をもって構えてろ! (動かざること山の如し)

関係ないが、昔テレビドラマでやった「「おんな・風林火山」 はコケた

 藤原氏 
日本で一番権力を握った家の名前

祖は中臣鎌足

中大兄皇子とともに、黒世界のボス蘇我氏をやっつけ、中大兄皇子の右腕として働きまくったので、「藤原氏」という姓を貰った

子孫達は謀略の天才が多く、藤原氏は栄華を極めまくった

一番極めたのは藤原道真

この世は全てオレ様の思い通りだぜという歌まで作っちゃった

藤原氏の終わりは第二次世界大戦後の近衛文麿(このえふみまろ)が服毒自殺したから

それまで1300年間も、日本の中心に藤原氏はいた

 風 魔 
戦国時代の北条家お抱え忍者舞台

北条早雲のもとに、風魔小太郎が「やとってくれ」とやってきた

早雲はOKし、風魔一族は北条家の忍者となる

「風魔小太郎」という名前はボスにつけられる名前

ちなみに風魔一族は徳川幕府から嫌われてた

江戸時代、悪党と呼ばれる人は風魔出身が多かった

 藤原京 
持統天皇が作った中国のマネをした都

数千の人々が住み壮大な都となった

 踏み絵 
江戸時代家光のころキリシタン(キリスト教信者)の弾圧が始まった

その時に、キリスト教信者かどうか見分けるために行われたのが踏み絵 1629年ごろから始まった

考えたのは長崎奉行の水野守信らしい

マリアやキリストが描いてある絵を踏ませて、平然と踏めない人をキリシタン信者とみなした


 仏 教 
552年(528年説もあり)百済から伝わってきた新しい教え

仏教を広めようぜ!とはりきったのは蘇我氏

反対に「日本は神の国じゃー!天皇の国じゃー!」と反発したのが物部氏

おかげで当時の二大勢力である蘇我氏VS物部氏の宗教戦争が勃発する。

結果は蘇我氏の勝ち。

なので、仏教が多く広まるようになった

 フェートン号事件 
1808年にイギリスのフェートン号という船が「おれらオランダの船だぜ!」と、ニセのオランダの国旗を船にくっつけ日本に乗り込んでオランダ人を拉致った事件

オランダ人は「オレラの国の船が来たぜ」と、まんまと近寄ると捕まっちゃった

イギリス船は「こいつら返してほしかったら水と食料よこせ!」と脅したので、日本はしかたなく要求をのむことに

日本は「外国に好き勝手やらせてたまるかぁ!」と、この事件をきっかけに異国船打ち払い例(他の国の船がきたらやたらめったら打ちまくれ)という法律をつくることに


 武家諸法度 
1615年に出された武士のための法律みたいなもの

徳川ニ代将軍「秀忠」の名前で出したけど、実は家康が全部考えた

内容は簡単にいうと「幕府の許可なしでは勝手なことするんじゃねえぞ!」というもの

ちなみに三代将軍家光のときに、武家諸法度を大改革して 「参勤交代」が作られました


 文永の役 
1274年におきた鎌倉幕府&モンゴルのバトル この頃モンゴルではチンギス・ハンがモンゴル大帝国を作ってた

その孫のフビライ・ハンが日本に「あんたら、わしらモンゴルの家来になりーや」と手紙をよこしてきた

ふざけんなや!と怒った幕府の執権北条時宗はその手紙を無視

するとフビライ・ハンは九州を攻めてきた

この頃の日本の戦いマニュアルは「やぁやぁ!我こそは○○なりぃー!」と自分の名前を名乗って戦ってた

日本チームはもちろん「やぁやぁ!」と名乗ったが、コトバが通じないのでもちろんメタメタに

「えぇっ!あいつら戦い方が違う!」と焦った日本チーム

さらに色んな武器を使ってきたので、日本は負けまくり

もはや日本はモンゴルの家来になるのか!?

が、この時ラッキーなことに「神風」が吹いた

この神風は海にいたモンゴルの船をめちゃめちゃにし、日本はなんとか助かった。

が、またもモンゴルはやってくるのであった・・・

 富士川の戦い 
1180年に起きた平氏VS源氏のバトル 石橋山の戦いで命拾いした源頼朝は、勢力を盛り返して富士川で平氏と対陣



この時、義経が応援にかけつけた

対する平氏の総大将はお坊ちゃまの平維盛(たいらのこれもり)

で、勝敗はというと、源氏側で抜け駆けしようとした一団がそろりそろりと河を渡ろうとした時、水鳥が一斉にバタバタと羽ばたいた

この音を「源氏の奇襲だー!ワーワー!」と勘違いした平氏チームは大混乱となり、逃げまくった

源氏が戦わずにして勝てた戦い

維盛は平清盛にめちゃくちゃ怒られた。 ちなみに維盛はこの後「オレにはこんな戦いだらけの世の中合ってない。オレはもっと雅な生活をしたかったのに」と言って自殺した




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